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B.C.Vernonに乗って20年 東京都K氏

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`95年9月、私は38歳の若さだった。東京都町田市にあったI.C.TrexよりB.C.Vernon19DEが納車された。それから20 年経つ。ガレージに入れたことの無い車両のボディは傷みが出ている。駐車場で日に当たる側は塗装のつやが無くなり、ステッカーはひび割れしている。20年間日が当り続けたのだから仕方がない。屋根は2~3回塗り直しただけだが雨漏りはない。コーチ部の装備はよく壊れたが、ひととおり壊れて新しいものに変えたので最近は壊れない。エンジンは20年間大きな故障もなく調子が良い。さすがアメリカ製といった感じだ。現在12万キロ走ったがまだまだ走りそうだ。B.C.Vernonの耐久力は凄い。

B.C.Vernonへの道

購入の10年前に自動車雑誌広告で「ロディオ4WD」キャンパーが390万円の価格でで掲載されているのを見たのが全ての始まりだった。「この額なら買えるぞ!」と思ったが、「このような物を買ってよいのか?買っても使うのか?」などといった考えが心の片隅にあり、「よし、貯金してお金が溜まった時に買う気があれば買おう」と考えた。

月日がたち、当時、横浜町田ICにあった「ロディオ4WD」の現車を何度も見るうちに身長178cmの私の頭が天井にひっかかるのに気づき、これでは長く乗れないと思い始め、隣に展示してあったハイラックスベースのマイクロミニ「サンレーダ」に興味が移り始めた。しかし、しばらくしてアメリカの製造会社が倒産して輸入を終了した。似たような車両と見つけたのがナショナルRV社のマイクロミニ「ドルフィンミニ」で、当時はトーメンが輸入していた。車名はWEEKENDER ND900。販売代理店はI.C.Trex、ニューエンパイアモータースetcだった。

I.C.Trex戸川聰氏との出会い

「I.C.Trex?どこかで聞いたことがあるな」。雑誌ドマーニ(オートキャンパー誌の前身)で「UP WARDS」というモーターホームの記事を執筆していた戸川聰氏の会社だ。元カンツォーネ歌手という変わったプロフィールを持つ人物で印象に残っていた。当時、モーターホームの取り扱いを紹介した記事は少なく、戸川氏は「良い面」「悪い面」をユーザーの立場から嘘がなく書いて非常に参考になったのを覚えている。戸川さんは町田市にI.C.Trexの展示場をオープンし、間もない時期であった。戸川さんとの出会いである。

展示場では夕方になると、お客さん達が集まりだし炭火を起こし始める。のちにモーターホームクラブTASを結成した方々だった。この頃は、毎週末展示場でBBQパーティーをしている。「食べていってくださ~ぃ」とお言葉に甘えてご馳走になった。

そうこうしているうちに今度はWEEKENDER ND900の販売が終了し、入れ替わるようにB.C.Vernonが発売された。当時のミニモーターホームのクラスCは一千万近い価格帯だったので購入の対象外だったが、B.C.Vernonは735万円と超破格値。しかも「ND900」より安い値付けだった。心はB.C.Vernonへと。それから契約に至るまではそれほどかからなかった。今でも「一千万円より500万円に近く感じる価格はヒットの要因の一つですね」と戸川さんと良く話す。当時「ロディオ」を買っていたら、競合車種「リアルタ」を買っていたら、この世界からすでに足を洗っていたかもしれない。現実として、「ロディオ」「リアルタ」などは走っているのを見たことない。

キャンプクラブTASともに

夢のかなった瞬間でありB.C.Vernonでの旅の始まりだ。長女は3歳でスキー場に連れて行き19年連続でスキーを楽しむ。次女は生後3ヶ月の時、初めて海に連れて行った。楽しいモーターホームライフの連続だ。

最初は3歳の長女との3人での旅だ。休みが比較的に自由にとれたため混雑は避け平日の旅が多くなる中、長女が「どうせ誰も居ないキャンプ場でしょ」と言うようになった。遊び相手がいなく寂しさを感じるようになっていた。TASに入会したのも長女の友達探しがきっかけであった。

戸川さんにTASの活動を聞くと「次の会合は11月の総会で~す。是非来てくださ~い。」 `96年11月の「ふじとみた」(隣は現CAMMP IN FUJI、当時はキャプテル忍野と言う会員制キャンプ場)の駐車場での総会であった。次女が生後半年の時にTASに入会した。

これで長女の「どうせ誰も居ないキャンプ場でしょ」はなくなると期待をしたが、この頃のTASは休止状態。クラブが出来、盛り上がったカナダツーリング以降は気が抜けたように活動をしていない。娘になんと言おうか困った。しばらく活動の提案をしていたら徐々に活動するようになって現在に至った。

北海道も数回、四国、九州も行った。しかしまだ行っていないところが沢山ある。この頃のTASは活動的で、海外ツーリングと国内ツーリングを隔年で行うという方針で活動していた。もちろん行けない年もあったが、かなり高い実施率で実施していた。

初めての北海道には感動した。「TAS道北ツーリング」だ。早めに出発し富良野で合流して稚内まで行って小樽より戻った。雄大な大地と美味しい食べ物。野生のキタキツネも初めて見た。根室のカニ卸し店で皆で買った花咲ガニは、実にうまい。後にも先にもこのとき以来花咲ガニをおなか一杯に食べたことはない。家族にとっては楽しい思い出となった。

海外でのツーリング

韓国には自分のB.C.Vernonで二回行った。特に印象深かったのは、韓国の東海(トンヘ)で行われたFICC世界大会への参加だ。自分のB.C.Vernon でJAC(日本オートキャンプ協会)日本代表メンバーとして下関からフェリーで釜山まで渡り、開催地の東海市(トンヘ)まで旅をしソウル経由で釜山へ。海外を走るなど夢にも思わなかった。国内走行距離2,000kmで韓国内走行距離1,000kmであった。東京から下関までが遠い。

東海市役所前ではブリュッセルより出発した欧州キャラバン隊と、釜山から走行してきた我々日本隊との交流イベントがあり欧州キャラバン隊のFICC協会メンバーと固い握手を交わしたときは感激であった。世界大会会場に到着するまではパトカー、白バイの先導がおこなわれ、信号は全て青に変わりサイレンの音がけたたましく鳴り響く。VIP待遇であったのが忘れられない。また、当時の韓国の走行には辛い物があった。地図も標識もハングル語しか書いていないため地図が読めない。前の車両から逸れたら迷子になってしまうなどの苦労をしたのも思い出だ。

ヴァーノン購入がカナディアンロッキーへも繋がった。TASカナダツーリングだ。カナダではレンタルモーターホームで各所を回った。夜サイトで酒を飲んでいるとふらふらっと近づいてきたドイツ人がいる。「一緒に酒を飲もう」と言葉もわからないのに意気投合した。なんでも半年の期間でカナダからメキシコまでのツーリング楽しんでいるそうだ。日本人とはスケールが違う。その他、オランダ人家族、スイス人家族などと交流し、お土産を交換した。カナダのキャンプ場は自然が深い。夜空が真っ黒で丸く星が無数に光る。人工衛星が飛んでいる姿もハッキリ見える。日本では考えられない澄んだ空気だ。

今後の旅

購入時は幼児だった娘たちは大人となり、最近は「暇だったら行ってやる」と言った感じで。そんな訳で一人のキャンプが多い。娘を引っ張り出すのにあの手この手と「USJに行くか」「京都好きだよな」「北海道は来いよな」などと餌をばらまくと、年に一回くらいは付き合ってくれるのである。二十歳過ぎた娘が付き合ってくれるのもモーターホームで育った絆であると思う。`15年9月に20年目の車検を通し、あと10年は乗るぞと新たに決心した。

現在フリーランスで仕事をしている。都会を離れ自然の中で仕事をすることも多い。子育てが終わり移動オフィス化している。実に気持ちが良い環境である。老後のあてのない旅を楽しめるのはまだ随分先のことになる。戸川さんが作ったB.C.Vernonで半生を過ごした感じだ。別のモーターホームではこうは行かなかっただろう。また、買い換えたいモーターホームが出現しなかったのも長く乗っている理由だ。今後もこの趣味は続けていくことであろう。自分が壊れるのが先かヴァーノンが壊れるのが先わからないが。